さよなら、さっちゃん。ほんとに、ありがとう
2008-01-06


ASAHIネット([URL]のjouwa/salonからホットコーナー([URL] )に転載したものから。
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 最初に就職した管理工学研究所でお世話になった山田幸子さん(現在の姓は
柳平さん)が、2008の元旦にお亡くなりになりました。56歳(満55歳)です。
 昨日の朝聞きましたが、ショックで、もう、全然、やる気、生きる気、なく
なりましたね。何をやっても、紙を食ってるような虚しさ。

 さっちゃんは、明るくて楽しくて優しい女性でした。
 佐賀出身のさっちゃんは、就職で九州から上京したばかり、右も左もわから
ぬぼくの面倒をあれこれ見てくださいました。
 もう25年前ですね。4月1日の最初の正式出社日。午前9時に管理工学研
究所の西麻布分室があった西麻布のTSハウスに行ったら、あなた。1階の玄
関が閉まったまま。
 新入社員のぼくは、まだ鍵も持ってない。
 あれ? 日付を間違えたかと思って、呆然としていたら、さっちゃんが
「あらー、新入社員の中村さん? ごめーん。遅れて、すみませーん」
などと言いつつやってきて、玄関を開けてくれた。
 ぼくもさっちゃんも8Fに席があり、二人で8Fに上がったが、以後、誰も
出社して来ない。\(^O^)/
 とんでもないところに就職したなあと思いつつ、さっちゃんと雑談などもし
ながら時間をつぶしていたら、お昼ごろになってどやどや人がやって来た。
 聞くところによると、スキーに行っていて最後は会社で解散ということで、
会社へのおみやげやら置いたら、「お疲れー」などと言って、みんな、帰っち
ゃった。\(^O^)/
 以後、また、8Fは二人きり。
 ほんとに、とんでもないところに就職したなあと思いました。\(^O^)/
 以後、管理工学研究所のしきたり?などは、さっちゃんがいろいろと折りに
触れて教えてくださいました。

 そうそう、ちょうど4月1日の雑談のときかな。京王線聖蹟桜ヶ丘駅直結か
つ下の階がショッピングセンターになっているスクエアというマンションの売
り出し折り込み広告があって、ぼくは特急で隣の府中に住んでいたので、さっ
ちゃんが、
「ねえ、正ちゃん、正ちゃん。正ちゃん、このマンション、買えばいいのに」
など言って、
「そんな金ないよ」
などと答えた記憶がある。
 あ、そうじゃねえや。結婚するまでの1年弱、中野弥生町にいたんだもん。
きっと、府中に引っ越してからの会話だな。どっちにしろ、聖蹟桜ヶ丘のスク
エアはもう25年近く経つのね。

 あと、忘れようとしても思い出せない(Copyright (c) 鳳啓介)のが、麻布十
番商店街へのお使い。
 管理工学研究所では、おやつの買出しは新入社員の役目だった。西麻布から
麻布十番の商店街に買出しに行くのだ。
 目当ては、いまや超有名になって簡単に買えなくなった浪花屋の鯛焼きと、
豆源の揚げおかき(調べたら塩味は、塩おかきだね。もっぱら買っていたのは、
塩おかきのほうです。いまでは豆源もあちこちに出店しているが、当時は麻布
十番の本店しかなかったと思う。何より、その場で揚げたアツアツのおかきを
買えるのは、いまでも本店しかない)。
 西麻布から麻布十番商店街への道も店も知らないから、おれにとっては幼児
の初めてのお使いと一緒。\(^O^)/
 さっちゃんはおれにお金を渡すだけじゃなくて、簡単な地図やメモも書いて
くれて、それを頼りに、てくてく歩いて買いに行ったんだよね。
 そしたら、浪花屋も豆源も休み。\(^O^)/
 携帯電話などない時代だから、さっちゃんに電話して代わりに何か買って帰
るかどうか聞けるわけじゃないし、浪花屋や豆源だけではなく、商店街全体が
定休日模様。\(^O^)/
 日付は覚えてないけれど、曜日はいまでも覚えている。火曜日だったんだよ。

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